医師の裁量

医師の裁量とは両刃の剣であるように思える。つまり、仕事量を増やすも減らすも医師自身で調節が可能なところがある。
ある中堅医師の話であるが、一般的に世間では評価されている市中病院で研修・レジデントを経験して、ある病院に民間医局から就職された。専門は循環器とのこと。
物腰が軽く、穏やかな話しぶりで、一見は良医であるようにみえる。勤務した病院は内科の専門外来ではなく、総合内科でどんな症状の方も診療する病院である。日頃の診療態度は、外来では循環器内科医にも関わらず、入院が必要な心臓疾患の患者は緊急対応ができない理由で他院に紹介する(例えば高齢者で緊急対応のいらない、自然死を希望する方でも他院へ紹介する)。循環器以外の症状があれば、その症状の専門科へ紹介する。結局は自分の外来には定期受診の患者はほとんどいなくなり、外来患者は少数となる(通常は、患者の症状や高齢者で精査を希望しないなどの背景も考慮してまず、初期治療は行い、必要性があれば紹介するのが流れである)。また、勤務中の救急当番時は救急依頼を、カンファレンス中や他患の診療中などの理由で断る、16時すぎに来院の救急患者などは診療すれば17時を過ぎるので勤務時間を過ぎるとの理由で断る。上記のような外来診療なので、外来は少なくそのため入院が必要な患者も少ない。夜間に緊急入院した患者が主治医になるとすぐに専門病院に転院させる。
朝は診療開始直前に出勤して、定時で勤務は終了し、勤務外の呼出しには来ない。

以上のような医師について違和感を感じますか?感じませんか?

正直、私は今まで医師の多少の自己犠牲は仕方ない事(患者の状態は医師の都合のいいようにならないので)だと思って従事していたし、上記の病院に勤務する友人は、患者を断らずに暇な医師を横目に見ながら多忙に働いている。下世話な事ではあるが、暇でも多忙でも給料は同じである。
医師は自分の裁量で暇にも多忙にもできる、医局でうたた寝をしていても、パソコン・スマホ・ゲームをしていても自由である。それが周りにどれだけ悪影響を及ぼすか考えないといけない。(診療を拒否すれば、拒否した事が誰かに回っていくのである)
医師が診療する範囲も裁量である。何かあればすぐに紹介するのも、自分で診療するのも自由、依頼を断るのも自由、つまり裁量?である。専門外来を標榜していれば別ではあるが、自分の診療する範囲を自分勝手に狭くすれば、時間的にも人数的にも診療が楽になる。できるだけ患者を診療するようにすれば、必然的に患者数が多くなり、診療時間もかかるようになる。
昔は医局制度により上司の意見は絶対の時代であったが、今は自己主張が通る時代である。それが故にどれだけ自分を律して医療に貢献するのかは個人の自由(裁量)であるが、義務を果たさなくても権利を主張する医師が増えればどうなるのかは恐ろしい気がしてならない。
結局のところ、束縛される外来や検査などがない時間は医師の裁量で何をしても自由なところがある。
一般科(特に私が勤務していた内科)では、外来は14時頃までは予約で詰まっている。(もちろん昼休みなどはない)
午前・午後とも検査で予定は詰まっている。つまり病棟の仕事は通常業務の始まる前や合間の時間や夕方になる。それが当たり前である。外来予約や検査は3カ月先まで入っているので急に休んだりはできないものである。
医師は出勤日を変更するのも自由、休むのも自由、早く出勤し早めに帰るのも自由なところがある。午後から私用ができたから急に半日に変更して、別の日に半日働くなどは予約でいっぱいなので通常は変更などできないものである。(これも裁量?で強引に変更が可能かもしれない)
1週間の勤務時間が少ない(時間外や超過勤務がない)、休みが多い、有給休暇が使えるなどはワークライフバランスを考慮すると個々の私生活上の満足感は得られるかもしれないが、それにより患者の診断・治療・緊急入院の必要な患者への対応・急変の対応などが迅速にできることが担保されているのかは疑問である。患者を診察する時間も裁量ではあるが、朝から状態が悪いにも関わらず診察しないで、転院するのが夕方になるなど言語道断である。結局、不利益は患者に向かう気がしてならない。
また、紹介先の事を考えれば必然的に早急に対応し、早い時間に紹介しようとするのが当たり前かと思われる。
このような事を書きながら、この私も当院では週4日と半日の契約で半日の水曜日は
自分の裁量で11時半には退勤している。勝手なものである。
当院に目を向けると、私の考えではあるが精神科は客観的データが少ないため、できるだけ診察に時間をかける必要があると考える。慢性期と言われる患者でも毎日診察すれば訴えや精神症状は違うもので、不思議なものである。出勤しているにも関わらず診察しないなんかはあり得ないと考える。最初に身体疾患を疑うことに慣れているためか、精神症状が急に変化した患者は何らかの身体症状に変化を来していることが結構あるような気がするが・・・。特に高齢者はそのような気がする。
例えば不穏で紹介があってすでに肺炎を発症していた、転倒して疼痛が原因で不穏になっていた、排尿困難の不快さから不穏になっていたなど。
精神科以外では治療の標準化のためEBMがありガイドラインができており、それに準じて治療を行うことが基本である。しかし精神科では診断基準や投薬量などにはっきりと標準化がないので医師の裁量に非常に左右される気がする。また精神科単科とはいえ病院なので、患者目線から見れば身体疾患で病状が悪化しても仕方がないは理由にならないと考える。

私も含め誰もが楽な方がいいと思うのは当然ではあるが、そこは仕事へのプライド・使命感・倫理観などから私生活での満足感を前面には出せないと考える。過重労働は決してよくないのは承知しているが、個人に負担が集中するのではなく均一化するのが理想ではある。しかし、個人の裁量・個人の実力・立場・経験・専門科の違い・勤務時間や勤務日数の違いなどで均一化は困難である。医師の世界は理不尽なものであっても、医師の都合、自分達の都合で患者の権利を後回しにするのではなく患者優先の医療に従事していきたいものである。さらに医師の本分を失わずに、患者にも優しい病院を目指したいものである。

ありまこうげん祭 へのご来場ありがとうございました♪

10月21日(土)に恒例の「ありまこうげん祭」を開催しました。大型の台風21号の影響であいにくの雨模様となりましたが、たくさんのみなさまにご参加いただき大盛況でした。

今年のこうげん祭は、来たる2020年、当法人創立50周年を記念した「千本桜構想」の植樹祭でスタートしました。この植樹祭を皮切りに、これからどんどんと千本桜に向けた植樹が行われる予定です。

また、公開講座としてお二人の著名な先生にそれぞれご講演をいただき、多くの「学び」も得られたのではないかと思います。

患者さまの作品を展示した「院展」や、エサやり体験のできる「移動動物園」、職員による屋台などに加え、今年もボランティアでパフォーマンスをご披露いただいた団体のみなさまや地域の事業所のみなさまと、本当にたくさんの方々にご協力いただき実行委員一同、心より感謝申し上げます。

いろいろと不手際もあったかと思いますが、今年の反省を生かして、さらに魅力ある「ありまこうげん祭」にしていきたいと思いますので、来年もぜひたくさんのみなさまのご来場をお待ちしています。

 

 

 

有馬高原祭

前日は、所属、業種の垣根を越え、和気あいあいと競争しながら風船を膨らませたり、テントを設営したり、協力して準備しました。風船のアーチは意外と組立が難しく、説明書を見て試行錯誤しながら、設置していました。朝には、きれいに出来上がっていて、入口でお祭り気分を盛り上げてくれました。(K)
今年の高原祭は「寒かった」。
高原祭自体は1000本桜の植樹も行い、大盛況だったのですが、台風前日で「雨・雨」の一日、実行委員として屋台の裏方をしていた私は、全身ずぶ濡れで寒い思いをしました。お客様には、‘笑顔‘でおもてなしをしましたが今思うと、ずぶ濡れの女性の対応で驚かれたのではないかな!体は寒かったのですが、他のスタッフから気遣いの言葉、看護部長からは暖かい「ぜんざい」を頂き心は暖かで、やりきった気持で終えることができました。(S)
私はたこ焼き担当でした。お昼前になると続々と屋台に人が来られ、焼きそばとタコ焼きのハーフ&ハーフが一番人気がありました。
一方、ボランティアの方が病棟に来られ、アカペラでの歌のパフォーマンスが行われました。 “上を向いて歩こう”を手話を交えて歌われ、「皆さんもご一緒に!」と一緒に楽しくやりました。他、“川の流れのように”など「スーと柔らかい美しい歌声で、終わった時には気持ちが穏やかに心地良くなりました。また来て欲しいです。」と患者さんはとても喜ばれておられました。
ボランティアの方々有難うございました。(M)